harustory’s diary

日々の思索、その物語

ただ美しく

「自分は美しい存在でなければならない。」

 この妄念は中学以来、僕を苦しめつづけ、また操り続けた。自分の意思をこえた何か悪魔的な存在者が常に僕を苦しめつづけ僕の精神を支配してしまっていたように感じた。
 
  中学に入学した僕は自分が特別な存在だと思うようになった。(尤もこんな甘美な夢想は青春の魔的力の前にあって吾人共通のものであろうが。)そして特別な存在である自分は、特別に美しくなければならないと悟った。なぜなら、小説や漫画、アニメなどの主人公は僕にとってみな美しい存在であり、その「美しさ」ゆえに彼らの知性も苦悩も喜悦も悲哀も、つまりその人生における感情全てが特別なものたりえたからだ。高尚な苦悩は苦悩の高遠さゆえでなく、苦悩するものの美しさゆえに高尚であり、悲劇の悲劇たる所以も、その者の美しさに求められるのであって、美しくなければただ滑稽なだけであるか、いささかの憐憫をもって粉塵のように時の風に飛ばされてしまうのだ。

 中学二年の頃になると、僕は「自分は特別ではないかもしれない」という疑念に苦しめられることとなる。憧れていたアイドルと比べて自分はどう考えても劣っている、周りと比べて運動能力に欠ける、不勉強のせいで成績もよくない…あらゆる点で、自分は特別な存在であるどころか、むしろ周りより劣った存在であるのかもしれないといった観念がだんだんと僕の心を侵食するようになっていった。この懐疑は同時に更なる妄執を自己のうちに喚起させ、

「絶対に自分は特別に違いない。周りより劣って感じられるのはただ僕が本来の能力を出していないからであって、その力さえ出せば、僕はやはり自分が特別だということに気付くことになる」
という根拠なき自信をも植え付けた。
  このときからだったであろうか。僕が容貌に対して異常なこだわりを示すようになったのは。

  朝起きると完璧に整えられた髪でなければ、たとえその日が大切な試験の日であろうと、また修学旅行の当日であろうと、どんなことがあったって僕は玄関のドアを開け一歩を踏み出していくことができなかった。ああ、僕にとってこの「一歩」がどれほどに大きな、どれほどに偉大な一歩であったことだろう!

  満足いく髪、納得いく容姿を自分に認めさせ学校に向かう気持ちができても僕のナルシシズムは果てない。道中僕は、自分の立ち居振る舞いや風に靡く僕の髪をみる、周囲の僕に対する憧れと賞賛の混交した羨望の眼差しを妄想しては、それを意識の首座とした。学校に着いても鏡で己の姿を確認してはその美貌でを自分の慰みとしながら、自意識の相剋と闘っていた。

 中学三年になると幾分この容貌へのこだわりは陰をひそめることとなる。おそらく受験への意識が欲求を抑えたのだろう。しかし、今度は知能という面で僕は自意識の高まりを感じることになった。
 ところで、僕の兄は客観的に非常に優秀な人物だった。小学校の時分よりあらゆる学問を好んでは、読書感想文等で何度も市民賞うんぬんをもらったりしていた。周囲も「どうやらあの子は神童らしいぞ」ということで沢山の本を贈呈したり、天体望遠鏡を買い与えたりした。現在は旧司法試験を一発で合格し、司法修習所で成績優秀ゆえに裁判官(司法三者の弁護士、検事、裁判官のうち成績優秀なものは判事を推挙される)を薦められるも、辞退し弁護士の職についている。
 年の離れた兄ゆえ中学の三年にいたるまでその優秀さに気がつかなかった僕は、このときになって才覚に富んでいると信じていた自分は、兄と比較して遠く及ばないという事実に失望の念を覚えた。「文学など芸術によって形成される教養さが自分には備わっているはずだ。」という観念は瓦解した。自尊心の、その寄る辺たる教養は兄と比べれば雲泥の差であったのだ。

  この冷厳たる事実は僕を驚愕させるに十分であって、この頃より容姿に関しても知能に関しても自信が持てなくなってきたのだ。
  曩時、私はとりわけ完璧主義であった。完璧主義というのは聞こえはいいが、意味するところは「一か百かの思考」であって、物事に対するアプローチや自分の感情のコントロールに関する適応性、中庸的な態度を欠くということでもある。外界から与えられるストレスを理性でもって上手に対応しながら、社会的な行動と理性的判断力を遂行していくことの困難さを完璧主義者はより多く抱えると言える。
 

  自信を喪失していったまま迎えることとなった僕の高校時代は中学と比べても暗黒そのものだったといえよう。暗黒などといえばどんなに壮絶な体験をしたのかと勘ぐる者もいようが、そういったおそらく諸君が想起したであろうような、ある面において「美的な」体験を僕はしたわけでない。その意味でも僕は恥辱の念を禁じ得ない。

  もし僕がなにか小説的な出来事、たとえば絶望から学校で暴動を起こしたとか、壮絶な家庭内暴力や虐めなどによって孤独のうちに雨の中、公園のベンチで一晩を過ごしたとかそういったエピソードを持っていたならば僕はどんなに歓喜しただろうか!だって、そういった出来事はある種確かに美的な経験であって、それがどんなに苦しいものだったとしても、やはり自分にとっては一つの高尚な苦悩として認められるはずではないか。人は他人の苦悩を滅多に認めたがらないものとの言葉はイヴァンのものであるがそういうことなのである。
 僕の高校時代はごうもそんなものではない。ただただ自意識の分裂に苦しみ、部屋の中で悲愴観で陰々滅々していたに過ぎないのだ。学校にいる自分は『人間失格』のあの葉蔵の如く、道化師としての己を引き受けていた。