harustory’s diary

日々の思索、その物語

回想



 回想文。

 「 今も僕はこの頃のノートを、『キミよ、未来の、きっと生きていてくれる僕よ、どうか、これを、キミの、それはキミの中に今もいる僕の、その声をどうか消さないでくれ!』そんな空白の叫びの中で聴くが為にこそ大切に抱え、そうして、ほら、こうして記すんだ。

  キミ、僕、それはどこかの僕のようなキミかもしれない。独りではない。陳腐な文句と思うかい?けれど、真理だ。キミは孤絶していない。だから…。」

  

2006,4,24

  今日も高校へ行く事が出来なかった。焦燥。理由無き憂悶。いてもたってもいられなくなり、家の中をうろつきまわる。階段にしゃがみこむ。頭を抱える。ソファーに倒れかかる。毛布に包まって思考停止。

 やがて破滅的な不安、焦りを感じ始める。動悸がしてくる。僕はがばっと起き上がるが、何が出来るでもなく、再び家の中をうろつきはじめる。自殺や乞食といった最悪の結果を思い浮かべて慄然とする。
 「このままでは駄目だ!人生の落伍者だ!」僕は己にそう言い聞かせる。しかし、それでも僕は活動をすることが出来ない。意味もなくそこらじゅうの本を散らかしてはくだらなさにパタンとページを閉じるだけだ。

  気力は萎えており、蓄積された悪しき習慣は倦怠となりそのまま僕を縛る桎梏となる。
 「破滅したくない」。この根源的な恐怖から(それは懇願でもある)矢も盾もたまらなくなって食器戸棚の引き出しを開けてパキシルレキソタン5ミリを飲む。そして、僕は今このノートに筆記できる程度の理性を取り戻した。

 同日

 気分の日内変動有り。朝、起床する時は大抵いつも憂愁な気持になる。日中になるにつれて高まっていく外気は僕にとって心の落ち込みと反比例している。家族の活動する物音や戸外の喧騒は何か魔的な力が僕に作用しているかの如くに憂いを奏でる響となり、僕の精神に沈殿する。
 春暖の穏やかな陽射しが地上に降り注いでいる。春の青空は、セピアの色合いでもって僕の双眸に映じられる。
 三時頃になると、子供達の快活で無邪気な声がその音を増幅させながら僕を圧迫させてくる。子供達の溌剌たる掛け声の応酬は、僕には憧憬と悔悟、牧歌とノイズの混淆した疾風のようである。
 夕刻に沈む太陽が部屋を染め上げては、夕闇が辺りを縁取り始める。僕は幾許かの平静を取り戻し自室の文机へと向かい書を開く。形容し難い不安が寂寞とした心の中に沈潜している。そこには高揚した気持が認められていた。唐突に、僕は誰かに連絡してみたい心持に駆られた。将又、書店にでも行こうかと、そわそわした気分になってくる。
 提出期限の迫った宿題のことが現実的な問題となって茫洋の彼方からその輪郭を現し始めてくる。そうして僕は現実の生を生きざるを得ないことを痛感する。種々の実際上の問題に対処しなければならないと思うに至る。