harustory’s diary

日々の思索、その物語

『屍鬼』その二

「わたし、こんな命は嫌だわ。」
◯◯は嘆く。
か弱き◯◯は期せず異形の者となり、人間を吸血し絶息させることでしか自らの生を保つことが出来なくなった。
そんな自分に苦悩する。罪深き存在だと煩悶する。そして、神様に見放されたと涙する。人としての秩序を離れた異端者は罪が贖われることもなく、故に神が救済することもない。そんな悲劇のスティグマを刻印せし者が◯◯だった。

「けれども、生きるということ は結局のところ、存続のための 存続に奉仕するということなん だよ。ただ存続のためにだけ存 在する、その虚しさを抱えて、 それでも諦めずにいるというこ となんだ」
「あがく、ということ……」

「そう、ぼくは思う」。
生に絶望した◯◯に向かって××は語る。 生きることに疲れ果てた◯◯にとって××は光そのものだった。

  荒涼たる漆黒の大地で不安と恐怖と寂寥に沈みながら、◯◯は生きていく歩みを止めようとする。歩度は少女の疲弊した精神によって動きを停止され、広漠の暗中にへたりこんだ彼女は啼声をあげる。
「神でも悪魔でもいい。誰か、誰かわたしを助けてっ!!」と…。
××は暗澹と垂れ込める幾多の雲間から光を届ける星となり、暗闇を穿ち、纏う光輝となる。世界から孤絶する◯◯にとって××は神であり救済者だったのだ。

………
  彼は自分で自分の運命に決着をつけることとなる。

  それは慈悲の滲んだ静謐なる諦観であった。彼は絶望の解決に己の鮮血を差し出す。 零れ落ちる冷たい涙が彼の相貌を伝い流れ行く。それは悲哀に満ちた落涙であり、慟哭する愛の結晶。
  彼は言う。「何となく、僕はこの世界から出られないような気がしていたんだ…」。
「ごめんな…。」異形の者となった人間の姿をした彼は哀絶のうめきと共に、それでも静かに、ただ優しく、鋭く研磨されたその牙でもって彼の首筋に噛み付いた。春の桜が散る。それは鮮やかな鮮血の紅。微細なる桃色の影を加え、静かに流れ行く。それはあまりに厳粛で稠密な深い深い時の集合であった。

……… 
人は絶望の前にあって愛によって救われる。 ◯◯はその意味で幸福になった。


  手を重ね、寄り添い、苦悩をわかちあった彼と彼女もまた、その死は甘美であった。

  しかし救済を否定されたものもまたいた。福音は届かず、寵愛を受けることのないまま無惨に殺されたものが、、、であった…。
、、、は本当はすごく純粋だった。……に気に掛けてもらいたくて、そして女の子として可愛らしくありたくて、ただただずっとそういうことに憧れていた。ちょっと気位が高くて直情で一途な、都会の暮らしを夢見る少女。それが、、、だった。 

  きらびやかで都会的な桐敷家がやってきた。囲繞された村に風穴をあけるように突如として現れた闖入者は、、、にとって閉塞感を打ち破る何かだった。、、、はその何かに、村とはあまりに異質な華やかさからくる、何か明るく、ときめかせるようなものに自分も触れたかっただけだった。近づきたかっただけだった。ただ、それだけだった。村を嫌悪する彼女にとって、華美な桐敷家の佇まいに魅惑されることはあまりに自然であった。

  そしたら殺された。餌として血を吸われ、森に投げ捨てられては、その後何度も吸血されついに絶命した。不幸は終わらなかった。、、、は屍鬼となって起き上がり、あんなにも、あんなにも憧れていた都会に行くことも出来ず、杭をうたれ惨たらしき死の運命の受苦にあう。大好きな大好きな……の策略にはまって。
、、、には哀切がある。同時にその一途な意志は、そしてそれが瓦解する瞬間は美しい。至純なる美。
彼女もまた必死であった。 彼女は愛を渇望し、享楽を求めながら、ついに忌み嫌っていたあの村で凄惨な最期をおくった。それは無惨で凄絶で悲痛な死かもしれなかった。それでも、絶命する、、、は美しかった。
残忍さをもっていたかもしれない。だが、、、だって犠牲者だった。